
■ はじめに:なぜ“トンボ”が必要なのか?
印刷の現場に身を置くと、何気ない記号や線が、とても重要な意味を持っていることに気づきます。その中でも、印刷用語の中で初学者がまず戸惑うのが「トンボ」でしょう。
「なんで“トンボ”?虫なの?」と不思議に思う方もいるかもしれません。
でもこのトンボ、印刷にとってはなくてはならない存在なのです。仕上がりの正確さ、美しさ、安全性――そのすべてに関わる、まさに“裏方のヒーロー”。
今回は、そんなトンボの正体と役割について、初心者の方にもわかりやすく、丁寧に解説していきます。
■ 第1章:トンボの正体とは?
「トンボ」は、印刷データや版下に描かれる“細い十字線”や“角の線”のことを指します。正式名称は「トリムマーク(trim mark)」もしくは「クロスマーク(cross mark)」。日本では“トンボ”という通称が一般的です。
◯ 主なトンボの種類:
- 角トンボ:仕上がりサイズの四隅を示す線(主に断裁のガイド)
- センタートンボ:用紙の中心位置を示す(印刷の位置合わせなどに)
- 折トンボ:折り加工の位置を示す
- 抜きトンボ:型抜きやダイカットの際に使用される目印
印刷会社にデータを入稿する際、これらのトンボが適切に設置されているかどうかで、仕上がりに大きな差が生まれます。
■ 第2章:トンボの目的は大きく3つ
1. 断裁位置のガイドライン
印刷物は、印刷されたままの大きな紙を断裁して「仕上がりサイズ」に整えます。そのとき、正確な断裁位置を示すのが角トンボです。
仕上がりサイズの“見た目”だけで断裁することはできません。断裁機のオペレーターが基準とするのが、このトンボなのです。
2. 色合わせ・見当合わせの基準点
オフセット印刷では、CMYKの4版(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)を重ねて印刷します。その重ね合わせがズレないよう、各版に共通して配置されるトンボを基準にして、見当(けんとう)合わせを行います。
この工程があるからこそ、色の濁りやズレを防ぎ、鮮明でくっきりとした仕上がりが実現するのです。
3. 加工・折り・抜きの工程での位置合わせ
折り加工や筋入れ、型抜きなどの後加工でも、基準になるのはトンボ。 加工機や作業者が、正確な位置に折りやカットを入れるために、トンボを見て位置決めをするのです。
■ 第3章:なぜ「トンボがあるだけ」で印刷がうまくいくのか
◯ 断裁の精度に関わる
印刷物において、断裁ズレは命取りです。たった0.5mmのズレでも、フチに白が出てしまったり、デザインが切れてしまったりする原因になります。
そのため、塗り足し(通常は仕上がりより上下左右に3mm)とトンボが必要なのです。
◯ トンボがないと印刷所は困る
現場の声を聞くと、よくあるのが「トンボがついていないデータ」や、「塗り足しが設定されていない」ケース。
特に印刷所ではPDF入稿が主流となった今、データチェックの段階で「トンボがついているか」は最初に確認されます。トンボがないと、見当合わせや断裁位置の確認ができず、印刷事故の原因になりかねません。
■ 第4章:IllustratorやInDesignでのトンボ設定方法
◯ Illustratorの場合
- アートボードを仕上がりサイズに設定する
- 塗り足し(3mm)を設定する
- PDF保存時に「トンボと裁ち落とし」の項目で「すべてのトンボ」にチェックを入れる
◯ InDesignの場合
- ドキュメント設定で「裁ち落とし」を設定
- 書き出し時に「トンボと裁ち落とし」を指定
- 印刷会社の指定がある場合はその指示に従う
DTPオペレーターにとって、これらの手順は基礎中の基礎。 しかし、慣れないうちは設定を忘れたり、サイズがずれたりすることも。最初は確認リストを作っておくのがおすすめです。
■ 第5章:現場でのトラブルと対策
◯ 実際によくある失敗
- トンボが消えている(レイヤー非表示、削除ミス)
- トンボと塗り足しの整合性が取れていない
- 変形サイズの印刷物なのに、A4のままトンボ設定してしまった
◯ 解決のコツ
- 作業の最後に「トンボ・裁ち落としチェック」を習慣化
- PDFを出力したら、必ずAcrobatなどで最終確認
- 変形サイズの場合は、一度印刷会社に相談するのがベスト
■ 第6章:覚えておきたい“プロの一工夫”
- 折トンボは、仕上がりトンボと干渉しない位置に設置
- トンボの色はレジストレーションで作るのが基本
- トンボの長さや太さは、過度に太くせず適正に(一般的には長さ3mm〜5mm、線の太さ0.25pt)
■ 終わりに:トンボを知ると、印刷の「安心感」が変わる
「たかが線」と思われがちなトンボですが、その線一本に支えられて、印刷物は正確に、きれいに仕上がっているのです。
印刷という作業は、たくさんのプロセスの連携によって成り立っています。その中でトンボは、すべての工程の“橋渡し”をしてくれる存在。
だからこそ、初心者のうちから「トンボの意味」を知っておくことが、プロへの第一歩なのです。